政宗九の視点Blog

ミステリなどの本について、またAKB48(というか主にHKT48)について書いていく予定です

HKT48最大の「陰の功労者」多田愛佳について(卒業発表を受けて)

HKT48が現在のように成長した最大の功績者は、誰もが疑うことなく、指原莉乃である。
だが、最大の「陰の功労者」は、間違いなく、多田愛佳だと思う。


らぶたんこと多田愛佳は、指原がスキャンダルきっかけで移籍した少しあとに、AKB48初の東京ドームコンサートの初日に行われた「再組閣」にて、HKT48への移籍を発表した。運営側からの打診を受けてのものだが、本人の意思で移籍したものだ。
移籍当初にHKT推しになった私は当時の現場の雰囲気を覚えている。指原の時にもあったのかも知れないが、でももう割と受け入れられていて、だがらぶたんへのHKTファンの拒否反応は大きかった。なんで来たのだ、と言わんばかりの空気があった。たまたまその年のらぶたん生誕祭に入ったが、生誕委員さんはほぼ関東から遠征してきた方々で、公演前の説明にて、「HKTのファンの皆さん、いろんな思いがあるかも知れませんが、せめて今日だけは、多田愛佳を主役にしてやってください」と訴えていて、私は感銘を受けた。


その空気を本人が感じ取ったのかどうかは定かではない。確かなのは、AKB時代とは明らかにキャラを替えてきた、ということだ。AKBではまだ年少組だったので、言いたい放題言うようなキャラ、あるいはツンデレキャラだったが、HKTでは当時で指原の次に年長者だったので、「姉さん」キャラになっていった。と同時に、自分は一歩下がって、他のメンバーを立てる姿が随所に感じられた。このあたりから、ファンの受け入れ態勢も出てきたように思う。極めつきは、クラス替えでのチームKIVキャプテン就任であった。AKB時代ではあり得なかったキャプテン職を見事にこなし、メンバーの信頼を、ひいてはファンの信頼を得た。
2016年の総選挙には多田愛佳は不出馬だった。卒業するのではないか、という予測が飛び交ったが、本人は「私に投票するかわりに、チームKIVメンバーに投票してほしい」という趣旨のことを言った。


今日、2017年1月17日の公演にて、多田愛佳は卒業発表をした。年齢的にもそろそろ卒業時だと思う。
彼女が育てたHKT48は、ここまで大きくなった。それを大いに誇りにしていい。AKB48から通して、ちょうど10年間のアイドル生活であった。お疲れ様でした、と言いたい。そして、HKT48に来てくれて、ありがとうございました、と。


ただひとつだけ残念なことが。卒業公演が4月10日で、私は絶対に行けそうにないということだ。

GIOGIOの奇妙な速報‐AKB48まとめたのヽ(゚⊥゚)ノ : 多田愛佳が卒業を発表… 卒業公演は4月10日