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政宗九の視点Blog

ミステリなどの本について、またAKB48(というか主にHKT48)について書いていく予定です

AKB48選抜総選挙/指原の1位、らぶたんの43位を支えたのはHKT48全体の功績である

6/8の横浜スタジアムで行われた、AKB48 32ndシングル選抜総選挙。結果はもう皆さんご存知の通りなので、データ的な部分は省くが、指原の1位は「こうなると面白いな」とは思っていたもののさすがに予想は出来なかった。ここではその指原1位と、多田愛佳43位の背景についてコメントしておきたい。

指原がなぜ1位になったのか、については、日経電子版に詳しい考察がある。様々な話題と要因について触れられているので、概ね同意出来る。

http://www.nikkei.co.jp/category/offtime/eiga/column/article.aspx?id=MMGEzx001010062013

さらに補足するなら、福岡や大分など地元の人々の票もかなりあったのではなかろうか。福岡の番組では商店街を活性化させるためのプロデュース企画などもやっていたようで、その時にお世話になったお店の方々はお礼の意味で投票したただろう。実際に番組でも紹介してもらったラーメン屋さんなどはブログで、CDを初めて買って投票した、ということも書いていた。こういう方々の投票の積み重ねが大きな数字に結び付いたと思われる。

そして私はもうひとつ、大きな要因を指摘しておきたい。それはHKT48メンバーとファンの受け入れ体制」である。

今年のドキュメンタリー映画では、昨年6月、スキャンダルが発覚した指原が、秋元康Pから突如HKT48への移籍を命じられ、その直後にHKTメンバーと挨拶する場面があった。そこに見られたのは、両者の圧倒的な「壁」である。実際、移籍を命じられた直後のHKTメンバーたちは一様に動揺していたし、映画でも感想を聞かれて「指原さんが入ってくることで誰かが落ちなきゃいけない」(下野由貴)、「壁ができる」(村重杏奈)と否定的なコメントをしていた。

だが、実際に一緒に活動するようになってから、両者の溝はすぐに埋まる。それは指原の不屈の努力もあっただろう。確か「さっしー」と呼ぶことは指原からの提案だったと記憶しているが、HKTメンバーたちもすぐに打ち解け、受け入れたことも良かったと思う。ファンの間でもその存在に賛否両論あった指原だったが、その指原から多くを学び取ることでメンバーの成長が見られてきたことで、指原を認めてきた人も多かったのではないか。

さらに、AKBの3期生・多田愛佳HKT48に移籍してくる。ファンの多田への拒否反応は指原の比ではないほど大きくて、いまだに否定的なファンは多いと思われるが、多田を「雲の上の大先輩」みたいなポジションではなく、対等な関係として(もちろん先輩ではあるが)受け入れたメンバーたち。ご存知の通り、HKTでは多田は「らぶたん」「らぶさん」ではなく、「あいちゃん」と呼ばれている。呼称からして信頼関係を感じさせるし、いわば「天下り官僚」のように移籍してきた多田も、大先輩風を吹かせるようなことがなかったのも良かったのではないか。

「HaKaTa百貨店」を通じて指原もメンバーたちも大きく成長していったが、同時に両者の関係性もより親密になり、指原がより信頼される存在になったこと、その時期にソロデビューがあり、選抜メンバーをめぐる悲喜こもごもや、PV撮影の過程でも指原や多田のフォローがかなりあったらしいことが言われているし、新公演もこのタイミングで始めることで、それを作り上げる過程でさらに強固な関係になった。その大きなプロデュース力が高く評価され、指原は劇場支配人兼任にもなった。この1年で、最も48グループに貢献したメンバーは誰か、と訊かれると「指原莉乃」と答える人は多いのではなかろうか。

指原の1位、そしてらぶたんの43位は、もちろん本人たちの活動・努力があったろうし、それぞれのファンの力も大きいけれど、そのバックには、HKT48のメンバー・ファンが受け入れたことも実はかなり大きかったのではないか、と私は思う。この結果は、HKT48全体の功績だったに違いないのだ。